『  ダ・ヴィンチ作品に見る「アシンメトリ現象」中編 』

前回の当メールマガジンでは、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品「サルバトール・ムンディ」の発見をきっかけに、美術の世界で表現された「アシンメトリ現象」を探ってみることにしました。今回はその続きになります。


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メールマガジン月刊ハナヤマ通信 378号(2018年4月配信)


 しかし、「サルバトール・ムンディ」(※1)は真正面を向いた姿で描かれているはずなのに、その描写には非常に不自然な点がある。

なぜか、左の胸鎖乳突筋だけに緊張が見られるのだ。

胸鎖乳突筋というのは、首の前面にある左右一対の筋で、反対側回旋をする筋肉である。

つまり、顔が横を向くとき、向く方向とは反対の側が緊張する筋肉なのだ。

ところが、「サルバトール・ムンディ」の場合は、顔が横を向いていないのに、左の胸鎖乳突筋のみが緊張しているように描写されている。

もちろん、これはダ・ヴィンチのデッサンが狂っているわけではない。

彼はこの絵のモデルの特徴を、そのまま写し取っただけなのだ。

「アシンメトリ現象」であれば、左の口角が上がるときには、必ずこのように左の胸鎖乳突筋の緊張が見られるのが特徴である。

このことからは、「サルバトール・ムンディ」はダ・ヴィンチの空想ではなく、実在の人物がモデルになっていたことがわかる。


 もし、ダ・ヴィンチが並の画家であったなら、左右非対称なモデルの姿を、左右対称な形に修正して描いただろう。

ところが彼は、形には修正を加えず、光の当て方によってバランスを保つ手法を採ったのである。

「サルバトール・ムンディ」は、モデルの右前方から光を当てたように表現されているので、右の胸鎖乳突筋にはハイライトが当たり、左側はぼやけている。

同様に、光の当たった右頬には張りが出るが、左側は影になって、輪郭や頬のくぼみはあいまいになっている。

その結果、左右の形の違いが目立たなくなることで、美しさが保たれる。

これはかなり高度なテクニックだ。

しかしなぜ、あえてモデルの左右非対称性を残そうとしたのだろうか。

そこには、何らかの意図が感じられるのである。


 『美術家列伝』で有名なジョルジョ・ヴァザーリによれば、ダ・ヴィンチは変わった顔をした人物に、固執して研究していたようだ。

ダ・ヴィンチほどの眼力なら、ウィトルウィウス的人体に理想の人体比率が存在するように、変わった顔のなかにも、それなりの共通した比率があることを読み取っていたのかもしれない。

そのためだろうか、彼は「頭部と目のプロポーション」(※3)のような、顔の各パーツの比率を研究したデッサンを数多く残している。

そうやって、一見すると普通に思えるモデルの姿にも、何か特別な比率が存在することを確認したかったのだ。

果たしてダ・ヴィンチは、人体の左右非対称性に、規則性が存在することまで気づいていただろうか。

そこが気になるところである。


 実はここにもう1点、「サルバトール・ムンディ」や「モナ・リザ」と、同じモデルを使ったと思える作品がある。

ルネッサンス期に「世界一の女性」とまで称えられた、イザベラ・デステの肖像画(※4)である。

以前から、一部のダ・ヴィンチ研究者からも、「モナ・リザ」と「イザベラ・デステの肖像」のモデルは、同一人物ではないかと指摘されていた。

両者の体の比率が同じであることがその理由である。

そうすると、「サルバトール・ムンディ」と「モナ・リザ」と「イザベラ・デステの肖像」は、同一人物をモデルにした3部作だということになる。

ではこれらの3点が、なぜ一連の作品だと考えられるのかについても、説明しておきたい。


 ダ・ヴィンチの作品のなかに、マキャベリの『君主論』の主人公として有名な、チェーザレ・ボルジアの素描がある。

この素描は、同一人物を正面と右斜め横、右真横の3方向から描き分けている。

これら3つのポーズは同じ比率で描かれているので、正投影図のような意味合いをなしているのだ。


 正投影図とは、建築や工学において、3次元のものを2次元に置き換えて見せるための図法である。

この図法を絵画に応用したのは、ウィトルウィウスの建築論を意識したダ・ヴィンチらしい描法だ。

多分、彼のなかでは、正面と斜め横と真横の3面を描くことで、絵画という平面の世界に、立体を表現する手法がすでに確立していたのだろう。

私もこの図法を基にして、民俗学や考古学の作図をしていたことがあるので、彼の意図は理解できるつもりだ。

そのため、ここで私が最も重要視するのは、「イザベラ・デステの肖像」が左真横を向いている点なのである。

これら3作品で、顔の向きが3方向揃うことによって初めて、絵画という平面表現でありながら、立体としての「形」を確認できるからだ。


 そのように考えると、この3点の他に、さらにもう1点付け加えたい作品がある。

一般的には「モナ・リザ」のベースとなった作品だといわれている、「白貂(しろてん)を抱く貴婦人」(※5)という油彩作品である。

この絵はチェチーリア・ガッレラーニの肖像だとされていて、先の3点とは若干顔立ちが違うが、かといって全く似ていないわけでもない。

ダ・ヴィンチは、女性の髪型やコスチュームに関してはかなりのこだわりがあったようで、これら4点の人物は、同じように胸元が四角く開いた衣装を着ている点でも、ファッションの好みは一貫している。

そして何よりも注目されるべきは、「白貂を抱く貴婦人」にも、「サルバトール・ムンディ」と同じように、「アシンメトリ現象」の特徴が見られることなのだ。

この肖像は、斜め左を向いているのに、左の胸鎖乳突筋が緊張している。

先述した通り、正常な体であれば、顔が左を向くとき緊張するのは、右の胸鎖乳突筋でなければいけないのである。

しかも、左目は小さくなり、人中(じんちゅう=上唇の縦の溝)は左に曲がり、口角は左が上がっているように見える。

これらは全て「アシンメトリ現象」に共通の特徴であるから、この肖像画も含めると、ダ・ヴィンチの「アシンメトリ現象」4部作といってよいだろう。


 さて、「サルバトール・ムンディ」、「モナ・リザ」、「イザベラ・デステの肖像」、「白貂を抱く貴婦人」は、それぞれ正面、右斜め横向き、左真横向き、左斜め横向きの顔で描かれていることから、仮にこれらの作品を連作だと捉えるなら、もう一点、右真横向きの肖像画があってもよいはずだ。

それがあればトータル5作品で、顔の向きを45度ずつずらして180度展開した図になる。

このような視点からダ・ヴィンチの作品をたどっていくと、2009年に世紀の大発見と騒がれた「美しき姫君」(※6)という作品に目が止まる。

この作品は、正面を向いた姿を左側から描いている。

すなわち、顔の角度としては右真横を向いているので、上述の4点にこの作品を加えると、180度の展開図が完成することになる。

さらに真後ろや真上から描いた作品があればおもしろいのだが、後頭部や頭頂部だけの肖像画などありえないだろうから、今後そのような作品が見つかることは期待できない。

とはいえ、これだけ揃えば十分だろう。

やはり、「モナ・リザ」、「サルバトール・ムンディ」、「イザベラ・デステの肖像」、「白貂を抱く貴婦人」、「美しき姫君」の5点のベースとなったモデルは、同一人物だとしか思えない。

それがだれであったかは、この際、問題ではない。

ただそのモデルには、「アシンメトリ現象」の特徴がくっきりと現れていたはずなのだ。


 ではなぜ、ダ・ヴィンチは、このような図面的描法を採る必要があったのだろうか。

彼が文字として書き残したもののなかに、「鏡は幾何学的に平面でありながら、自然の立体や遠近や色彩を正確に映し出す」と説明している記述がある。

この考え方からすると、彼は3次元の世界をいかに2次元に置き換えるかを目的として、絵を描いていた可能性が高い。

さまざまな画法を研究していたのも、この目的のためだったと考えれば、彼の一連の作業は絵画というよりも、自然科学の探究に近いだろう。

一般の画家がいわば右脳型だとすれば、ダ・ヴィンチは極めて稀な、左脳型の画家だったのである。

そして、その考え方が最も色濃く現れているのが、彼の描いた大量の人体解剖図の存在だと私は思うのだ。

 

             【 次号へ続く 】       
                          (花山 水清)

※1「サルバトール・ムンディ
※2「ウィトルウィウス的人体図」   
※3 "Study on the proportions of head and eyes"
※4「イザベラ・デステの肖像」    
※5「白貂を抱く貴婦人
※6「美しき姫君」          
※7『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記

(花山水清メールマガジン 「月刊ハナヤマ通信」 

 

 

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