【 本当に怖いのは痛みを出さない沈黙のズレ】

 

 日ごろの会話で何気なく発した言葉によって、相手の表情に一瞬のくもりを感じ取ることがある。

おぼろげながら、その表情の変化が後々まで心のどこかにひっかかり続ける。

そしてしばらく経ってから、「あぁそうだったのか」とその時の相手の気持ちが理解できる。

そんなちょっとした経験の積み重ねが、その後の人付き合いにとって貴重な知恵となる。

人間関係だけでなく、ふと気になった些細なできごとが、何かの理解を深めるきっかけになったりもする。そういう経験はだれにでもあるだろう。

 

アシンメトリ現象」の探究もそのようなことの連続なのである。

 例えば腰痛にしてみても、「モルフォセラピー」にとっては何ら目新しい現象ではない。

腰痛患者の腰椎に触れて、そこに大きなズレを確認できさえすれば、ほぼ腰痛の原因を見つけたことになる。

後はそのズレた骨をあるべき位置に戻すことで、全てが解決するはずだからだ。

だがまれに、腰椎の一番大きなズレを解消しても、症状が全く変化しないことがある。

そこで、大した影響はないだろうと予測していた小さなズレのほうを戻してみると症状が消える。痛みの原因は大きいほうのズレではなかったのだ。

同様のことは腰椎だけでなく他の背骨でも見られる。

 それまでにも、このようにズレ幅が大きいにもかかわらず自覚症状がないズレのことは認識していたが、その存在をあまり重要視していなかった。

そもそも「モルフォセラピー」は、患者の負担を最小限に考える安全第一主義である。

そのため、症状の原因となっているズレだけをピンポイントで解消することに専念し、症状を出していないズレに対しては極力何もしないことにしていたのだ。

下手に手を出したがために新たな症状を誘発し、収拾がつかなくなる事態は避けたい。

余計なことをして寝た子を起こすよりも、症状が出てから対処したほうが患者にも負担が少なく、効率が良いはずだと考えていたのである。

 ところが今は、背骨のズレを見つけたら自覚症状の有無にかかわらず、ただちに矯正することを推奨している。

なぜなら、痛みなどの自覚症状がないタイプのズレが、がんなどの重大疾患に深く関与していることがわかったからである。

 私の考えでは、がんは背骨のズレによって機械的に刺激を受けた神経の支
配領域に発症している。

しかもがんを発症させるタイプのズレは、極端にズレているのに全く痛みなどの自覚的な症状を出さないのが特徴だ。

そのような症状のない沈黙のズレは、今現在のがんの所在を示唆するか、もしくは将来的ながんの発症を暗示しているのである。

 それではがんを発症させるタイプの背骨のズレは、なぜ痛みを出さないのだろうか。

背骨がズレていれば、間違いなく知覚神経を刺激するはずだ。

それなのに痛みがないのであれば、そこには何らかの強力な鎮痛作用が働いていることになる。

実は背骨のズレに対するこの鎮痛作用と共通のメカニズムが、がんにも存在
しているようなのだ。

がんというのは、ある程度の大きさになっても痛みなどの自覚症状がない病気である。そのことががんの発見が遅れる理由でもある。

 それではなぜがんは痛くないのか。

例え1、2センチほどの初期のがんであろうと、必ずまわりの組織に炎症が広がっているはずだ。それが周辺の知覚神経に全く触れないなどということはありえない。

歯茎が少し腫れただけでも、関係ないはずの頭まで痛くなるのはよくあることだ。

そう考えれば、がんにも体内で何らかの鎮痛作用が働くメカニズムが存在していることがわかる。

 それでは、背骨のズレとがんに働いている鎮痛作用とは、一体どのようなものなのだろうか。

 以前、「アシンメトリ現象」を「形態異常」と呼んでいた頃、この現象の原因物質として、アルカロイドや有機リン系殺虫剤、放射線などが候補に上がっていた。

これらの物質は、発がん性を持つと同時に鎮痛作用を持つことが知られている。

だが諸々の条件を考慮すると、これらの原因物質による外因だけで全ての背骨のズレやがんの鎮痛作用を説明するには無理があった。

そこで外因だけでなく内因にも目を向けてみた。すると新たに、内因性オピオイドの存在が候補として浮上してきたのである。

 内因性オピオイドとは体内で産生されるモルヒネ様の物質で、一般的には脳内モルヒネと呼ばれている。

また内因性オピオイドは、鎮痛、免疫増強、がんの抑制などのさまざまな作用を有することで、現在、各方面から注目されている物質でもある。

 私は今までに多くのがん患者の体に触れてきたが、彼らの知覚神経は異常に鈍くなっているのが特徴だった。

今思えばその鈍さの原因は、内因性オピオイドによる鎮痛作用の働きだったのだ。

内因性オピオイドによる鎮痛作用は、がん抑制のために元々人間に備わっている自己防衛機能が発動した状態だと考えられる。

そして、この自己防衛機能を発動させるスイッチとなっているのが、背骨のズレなのではないだろうか。

 背骨が極端にズレることは、人体にとってがんの発生に影響する危機的な状況である。

そのため極端なズレに対しては、即座に自己防衛反応として内因性オピオイドを介した鎮痛作用が働き始める。

このように考えていくと、痛みを出さないタイプのズレへの疑問がすんなりと解けたのだ。

 近年、医療界とその周辺で、内因性オピオイドを利用したがんの抑制が盛んに試みられている。しかしそれだけではがんの根本原因まで解消することはできない。

現段階におけるがん抑制の最善の方法とは、背骨のズレを見つけたら症状の有無、ズレ幅の大小を問わず、速やかに全て矯正しておくことなのである。

 背骨がズレると、頭痛や腰痛だけでなくさまざまなつらい症状が出る。

しかしどんなにつらくても、痛みなどの症状が出ているうちはまだまだ怖くない。本当に怖いのは、全く痛みを出さない沈黙のズレなのである。

小言をいっているときの奥さんよりも、黙り込んでしまった奥さんほど怖いものはない。

何もいわないから何もないのかと思って安心していたら、とんだ大間違いだったという経験は、既婚男性なら思い当たる人も多いはずだ。

同様に背骨のズレに関しても、沈黙は怖いものであることをわれわれは肝に銘じておくべきなのである。
                             (花山 水清)


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