【日本だけ胃がんの死亡率が高いのはなぜか】


 日頃、あまり医療に縁のない人にとって、医学の世界というのは、いまだに象牙の塔と呼ばれていた頃のような古めかしいイメージのようだ。


そのため、いざ自分や家族が重大疾患になると、いきなり盲信型の権威主義に陥る傾向がある。その結果、みな同じように後味の悪い結末を迎えることになってしまう。

 当院に来られているAさんから聞いた話である。
この方の親戚で、まだ30歳になるかならないかのB子さんに病院の検査で胃がんが見つかった。

 

B子さんの父親は、愛娘のために必死につてをたどって胃がん治療の権威といわれる病院を選択して治療を開始した。それ以来、Aさんが来院されるたびに、私はB子さんの治療経過の報告を受けたのだ。

 

 胃がん治療の権威といわれるその病院では、胃がんは早期の段階であり、まだ転移も見られないという診断だった。 そして、「今なら胃の3分の2を切除すれば、がんは治る」という医師の言葉に安堵して、B子さんは手術に踏み切ったらしい。


もちろん私はB子さん本人に会ったこともないので、一般論的な話しかできないが、この医師の話には何となく腑に落ちない点があった。

 

伝聞だけでは詳細がわからないので何とも判断しようがないが、後から転移が見つかることもよくある、という点だけはAさんに伝えておいた。

 するとやはり、術後の早い時期に、がんが全身に転移していることが確認されたのだ。

 

そこで担当の医師は、今度は「抗がん剤でなら助かる可能性がある」とほのめかしたようだ。そこで、B子さんの父親はその医師に、「自分の家族でも、同じ治療を選択するか」と訊くと医師が深くうなずいたので、抗がん剤治療を受けさせることにしたのだという。
 
 この話を聞いて、残念ながら、一般の人の、医師に対する認識の甘さを痛感した。医師に向かって、「自分の家族ならどうするか」と訊いてみても、まず、建て前的な回答しか返ってこないものだ。この場合はせめて、「もしも、自分が患者ならどうするか」と訊いてほしかった。

 もう今から20年程前になるが、ある外科医が書いた、胃がんの拡大手術を礼賛する本を読んだことがある。

 

その当時ですら、イギリスやオランダでは胃がんの手術でリンパ節を大きく廓清(かくせい)しても、生存率は向上しないといわれていた。

 

その上、拡大手術を行うと、術後の患者のQOL(生活の質)は、著しく損なわれるのである。

 

しかし、その頃の日本では、まだ、どこまで広範囲にリンパ節を廓清するかが胃がん手術における外科医の腕の見せどころだったのだ。

 ところがある日、この著者本人に胃がんが見つかった。そして、あれほど勧めていた拡大手術を、自分は受けなかったのである。


「なぜ、患者に行ったのと同じ手術を受けないのか」という批判に対して、「医師の特権として、この程度のわがままは許されるはずだ」と、当然のように書いていたのには、唖然とした。ここでも、医師と一般の人との感覚の違いを思い知らされたのだった。
 
 さて、B子さんの話にもどろう。
彼女は、医師の勧めるまま、さまざまな抗がん剤治療を受けてみたが、結局、何の効果も見られなかった。

 

担当の医師は、「やるだけのことはすべてやった」といって、遠回しに転院を示唆しただけで、それ以後、彼女の病室には全く顔を見せなくなったという。

 

やむを得ず、B子さんは自宅で療養し、がんの発見から2年の闘病を経て32歳で亡くなった。

 これは、あくまでも、B子さんの親戚であるAさんを通じての話なので、どこまで正確かはわからない。しかし、この内容自体は、がん治療の周辺で、ごくごく一般的に見聞きする話なのである。

 

 では、B子さんはがん治療では最高権威の医師が、助かると断言したのに、なぜ助からなかったのか。しかも早期のがんだと診断されていたのに、おかしな話ではないか。

 胃がんといえば、元々日本人に多いがんであった。
統計を見てみると、1955年以降、胃がんの年齢調整死亡率は下がり続け、
2000年前後で男女ともに、他のがんの死亡率と大差なくなっている。

 

他のがんの死亡率は上がっているのに、なぜ、胃がんだけが下がり続けたのだろうか。このデータだけを見ると、胃がんの早期発見・早期治療が、功を奏したといってもよさそうである。

 ところが、ここで目を転じて、年齢調整死亡率をアメリカ、イギリスと比較した統計を見てみると、日本だけが、異常に胃がんの死亡率が高いままなのだ。

 

 日本は、アメリカやイギリスよりも、胃がん検診を徹底してきたはずだ。それなのに検診で早期発見しても、肝心の死亡率は他国と比べて自慢できるような数字ではない。

 しかも、なぜ胃がんだけ、死亡率が突出しているのか。
日本人には胃がんが多かったから、他の国よりも胃がん手術などの治療レベルは高いと喧伝していたはずである。これでは、ますますつじつまが合わなくなってくる。


 これはつまり、日本の胃がんに対する標準治療は世界の基準とは違っているということではないか。
これまで早期発見・早期治療という名のもとに行ってきた、過剰診断・過剰治療こそが日本人の胃がんの死亡率を引き上げているのではないのか。

 

 そう考えれば、早期の胃がんだったはずのB子さんが、たかだか2年で亡くなってしまった理由も、納得できる。もちろん、本人や家族にとっては、今さら理由がわかっても、納得のいかない話ではある。


この問題は国内の医師からも指摘され始めているから、近い将来、徹底検証されることになるだろう。

 医学の世界では、ある日突然、今まで常識だったことが非常識に変わってしまうことは珍しくない。

 

言い換えれば、それが医学の進歩となるわけだが、患者の立場であれば、そのタイミング次第では逆に無念さを痛感する場面も多い。
それは仕方のないことではあるが、できることならみなが進歩の先端で医療を受けられるようにと願うばかりである。
                             (花山 水清)


メールマガジン月刊ハナヤマ通信 Vol.352 2/3/2016 

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