【頭蓋の縫合はゆるまないが尾骨は動く】

メールマガジン月刊ハナヤマ通信 345号 2015/07


 以前、知人から妙な話を聞いたことがある。


「年をとると、だんだん頭蓋の縫合がゆるんでくる。そのゆるんだ縫合を調整すると顔のむくみが取れて小顔になる」

 

という説があるというのだ。

 

そのときは単なる話のネタとして二人で大笑いして終わった。


それが最近では、こんな説が当たり前の話として一般に浸透してきているようなので少なからず驚いている。

 

  
 頭蓋というのはおよそ22個の骨が、縫合と呼ばれるノコギリの刃のようなふちを接して、互いにかみ合わさった状態で連結している。


解剖学の常識では、その縫合は年齢とともにだんだんと繊維質が抜けて、骨と骨が癒合(ゆごう)してしまうことになっている。


要するに、年をとれば縫合がゆるむどころか、つぎ目そのものがなくなってしまうのだ。

 


 また人間の場合は、赤ちゃんのときには300個ほどもあった骨が、大人になると約200個になる。


この事実からは、頭蓋だけでなく人間の骨は年齢とともに癒合していくものであることがわかる。


私は以前、ペルーの博物館でかなりの数の頭蓋を観察したことがあるが、
高齢者のものだと思われる頭蓋の縫合は、わずかに遺残(形跡)が確認できるだけだった。
 


 そもそも頭蓋の縫合は個人差が大きいものであるし、人種や地域、時代が違えば、さらにその違いも大きくなる。


例えば「前頭縫合」は縄文時代の頭蓋に多く見られるが、縄文以降になると一般的ではない。


また古代ペルーの頭蓋に多く見られる「インカ骨」は、特殊な三角形の縫合を形作ることで有名だ。


さらに「冠状縫合」となると、左か右の片方だけに現れることもある。

 


 このように複雑な存在である縫合に対して、一律に「縫合が年齢とともにゆるむ」などと主張する人々は、どのような手段でその違いを確認しているのだろうか。


私の指先はかなりの精度をもったセンサーだと自負しているが、それでも頭髪や頭皮に覆われた状態では縫合の存在を確認することなどできない。


もちろんそんなことが手で触ってわかる人がいるとも思えない。

 

それが検査画像であっても、縫合の経年変化までわかるはずがない。


やはり私には、年をとると縫合がゆるむなどという話は、とうてい信じられないのである。

 

 

 仮に頭蓋が動くとしたら、水頭症のように頭蓋内からの圧によるものだ。


頭蓋を外から力ずくで動かそうとしたなら、その影響は外傷程度ではすまない。


頭蓋の縫合部を動かすなどというのは、脳まで影響が及ぶ重症となりうる非常に危険な行為であることは明記しておきたい。

 


 さて解剖学上は、頭蓋と同様、年をとると癒合すると考えられている骨に尾骨(びこつ)がある


尾骨とは、一般的には尾てい骨と呼ばれている、いわゆるシッポの骨のことである。

 

尾骨は通常3~5個の小さな骨(尾椎)が癒合して構成されており、その長さには個人差がある。

 

進化の過程で失われたシッポのなごりだという説が一般的なようだ。


今ではエセ学問だと認識されている優生学がヨーロッパで盛んだった頃には、「尾骨が長い人は凶悪犯罪を引き起こす」などというとんでもない説もあった。

 

犯罪傾向はともかくも、多くの人の尾骨を調べてみた結果、その長さにはかなりの個人差があることは私も確認している。

 


 実はこの尾骨について、最近では私の認識が大きく変わりつつある。


これまでは、尾骨のズレはその尾骨と癒合しているはずの仙骨のズレ、すなわち仙腸関節のズレと一体のものであるとしか認識していなかった。


尾骨は仙骨の先に位置しているので、仙腸関節がズレたとき、背部から見ると仙骨の上部が左に、下部が右に傾いている。


従って
仙骨につながっている尾骨は、右側に大きく振れた形になる。


その結果、陰部や鼠蹊部(そけいぶ)に痛みが出現したり、尿漏れなどのさまざまな症状の原因となるのだ。

 


 それらの症状は、仙腸関節を定位置に戻すことで大部分が解消されるが、なかにはそれだけでは完全には解消されないこともあった。


そういうとき試しに尾骨だけを動かしてみると、残りの症状が消えてしまったのだ。


そうすると、仙腸関節のズレとは別に尾骨だけが単独でズレていることになる。


つまり「尾骨は可動する」という結論になるのである。


しかも私の感触では、仙骨とのつながりの部分だけでなく、尾骨を構成する1個1個の骨も可動するようなのだ。

 

調べてみると、尾骨は動くという説を唱えた論文もあるらしい。

   https://en.wikipedia.org/wiki/Coccyx

 

 そういわれてみれば、これまでにも思い当たる症例があった。

 

 あるとき軽い腰痛で来院された30代の女性と話をしていると、痔核(いわゆるイボ痔)で悩んでいるという話になった。


この方はかなり痩せているので、椅子に座るといつもシッポが当たって長い時間座っていられないそうだ。


早速、尾骨を調べてみるとたしかに標準よりもかなり長い。


長いだけでなく尾骨がカギ状に湾曲しており、その先が肛門付近を圧迫しているようだった。

 

そこで尾骨を正中方向に軽く押してみると、確かに動いた。


しかも動いたのは仙骨とのつなぎ目ではなく、尾骨の1つの骨(尾椎)が動いたのである。


その結果、椅子にシッポの骨が当たる感触がなくなって、
痔核に悩まされることもなくなったそうだから、その尾骨のズレが影響していたのだろう。

 


 やはり頭蓋の縫合と違って尾骨は動くものらしい。


動くといってもその可動域は極めて小さく、イヌやネコのように自分で動かせるわけでもない。


しかし尾骨が単独で可動するものであれば、尾骨のズレは意外な影響を及ぼしている可能性もある。

 

 

 また尾骨の長さや湾曲の度合に個人差があることを加味すると、その影響の個人差も大きいはずだ。


それならば尾骨の長短や湾曲の度合を調べることで、将来的な疾患を予測できるのかもしれない。


そうなると、これは優生学の復権にもなりかねないとも思う。

 

 
 尾骨が可動するとなれば、新たな問題も浮上する。


「尾骨というのは、人類が二足歩行へと進化した過程で退化してしまったシッポの痕跡である」という説が疑わしくなってくるからだ。


尾骨は単なるシッポの痕跡ではなく、今現在も何らかの重要な役割を担っている可能性が出てくる。

 

おかげで尾骨の存在は、私にとって興味深い研究対象になった。

 

しかしながら尾骨というのはデリケートな位置にあるので、調査の難航が予想される。

 

いずれにしても、頭蓋の縫合は動かないが尾骨は動く」という結論だから、今回の話は「徹頭徹尾」とはいえないのである。
                             (花山水清)

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