409号 2020/11
「なんと美しい響きだろう・・・」
まだ中学生だった私は、映画「愛情物語」で流れるショパンの調べに思わずため息をもらした。
ショパンの紡ぎ出す旋律には、美しさと同時に物悲しさやはかなさがあることを、そのとき知ったのだ。
ところが日本では、彼の名曲の一つを胃腸薬のCMに使った。
そのせいで、曲が流れるたびに日本人の頭のなかには「い~い薬です」というフレーズが浮かぶようになってしまった。
美の女神であるミロのヴィーナスも、体に湿布を貼った情けない姿でCMに登場させられた。
どちらも芸術作品のイメージを台無しにしたという点で、日本人の美意識が現れている気がする。
胃薬の宣伝にショパンが起用された理由はわからないが、ヴィーナスが肩こりだったというのなら、あながちまちがいではない。
実はミロのヴィーナス像には、「アシンメトリ現象」の特徴が見事に表現されているのである。
この像は左の肩が上がり、左の脊柱起立筋は盛り上がり、左目も小さくなっている。
これだけ特徴が揃った体であれば、肩こりがひどくて当然なのだ。
では肩こりとは何だろうか。
肩こりで悩んでいる人は多いが、肩こりの実体は医学的にほとんどわかっていない。
「膵臓がんがあると左の肩がこる」とか「心筋梗塞では左肩に放散痛が出る」ともいわれる。
しかし肩こりの最も多い原因は、背骨のズレなのである。
ミロのヴィーナス(のモデル)も背骨がズレていたから、あれだけ「アシンメトリ現象」が出ているのだ。
肩こりがひどくてマッサージに行けば、一生懸命に肩をもんでくれる。
その時もまれているのは、僧帽筋と呼ばれる部分だ。
僧帽筋とは、首から肩、背中にかけて広がっている大きな筋肉である。
ところが背骨のズレが原因の肩こりだと、ズレによる鎮痛作用が働いているので、いくら強くもんでもらっても本人には物足りない。
肝心なところに力が届いている気がしないから、木槌で強く叩いてくれという人もいるほどだ。
僧帽筋がこっている人は、首の前面にある胸鎖乳突筋も張っている。
解剖学的には、片側の胸鎖乳突筋が張ると、鎖骨と第1肋骨にねじる力が働くことが知られている。
「アシンメトリ現象」なら左の胸鎖乳突筋だけが張るので、そのねじる力の働きによって第7頚椎(一番下の首の骨)が左にズレる。
このズレこそが、強くもんでも取れないしつこい肩こりの犯人だ。
しかも第7頚椎がズレると、肩こりだけでなくさまざまな症状が広範囲に出るのも重要な点である。
こういった肩こりには、湿布を貼ってみたところで気休めにしかならない。
だが軽い肩こりは、散歩や定期的に立ち上がって腕の上げ下ろしをすることで改善する。
それでも治らないようなら、大本の原因である背骨のズレを戻すしかない。
もちろん睡眠不足や運動不足、食品添加物のとりすぎといった生活習慣を見直す必要があるだろう。
そうしなければ、ミロのヴィーナスのように2千年以上も肩こりのままで苦しむことになるのである。
(花山 水清)