メールマガジン397号 2019/11 改訂2020/12
「アシンメトリ現象」を発見して以来、私は人の顔に対する見方が変わった。
表情や美醜よりも、まず左右対称かどうかに目が行ってしまうのだ。
映画やドラマを見ていても、悪役俳優は顔が左右非対称になっている人が多いのが気になる。
もともとそういう顔だから悪役に選ばれたのか、悪役に徹すると自ずといびつな表情になるのだろうか。
実際、ニュースで見かける本物の犯罪者は左右非対称な顔の人が目につく。
逮捕時に撮影された写真(mugshot)を見ると、薬物乱用者は非対称な顔の比率が高いようだが、私にはこれも興味深い。
生物学などでも、顔や体の対称性についての研究が行われている。(※1)
そういった研究では、シンメトリ、つまり左右対称な顔の人はだれが見ても美しく、異性にも性的な魅力を感じさせるといわれる。
これは一般書でも広く伝えられた話なので、ご存じの方も多いだろう。
しかし私は、生物学の本で「シンメトリな顔が云々」などという表現を目にするたび、「それは本当か?」と疑ってしまう。
何よりも私が疑問に思うのは、生物学では左右の対称性を計測する際の基準が非常にあいまいな点である。
左右の対称性の計測には、対称軸の存在が不可欠だ。
対称軸とは左右対称の基準となる軸、すなわち左右を分ける直線のことである。
脊椎動物であれば、背骨がそれにあたる。
しかし背骨というのは椎骨が積み上げられた構造であるから、部分的に椎骨がズレると、決してまっすぐな線にはならない。
その曲がった線を基準にして左右の長さを測ったところで、正確な結果は出ない。
筋肉の非対称な収縮なども考慮に入れるとすれば、この計測はひたすら厄介な作業となる。
ところが当の生物学では、はなからまっすぐな対称軸が存在しているという前提で、疑いもせずに計測しているのだ。
例えば生物学には、「乳房が左右対称な女性ほど子だくさん」というデータがある。
このとき、左右の鎖骨の中間や胸骨の中心に基準を置いて、左右の乳房との距離を測る。
しかし胸椎がズレていれば、必然的にこれらの基準点もズレてしまう。
これでは正確な計測などできるはずもない。
さらに顔面の対称性の計測となると、より一層、不正確だ。
体の場合とちがって、顔には背骨のように基準となるべき対称軸すらない。
死んだ人の頭蓋骨ならまだしも、生きている人間の顔面の計測となると、これまでの技術では容易なことではないのだ。
その不正確な基準から導いた数値を根拠にして、顔の対称性を語るというのは、科学とはいえないだろう。
また生物学では、鳥の羽の対称性についても研究されてきた。
なかでも有名なのが、「メスは羽の長さや模様がシンメトリなオスを好む」という説である。
メスがシンメトリなオスを選択した結果、左右対称な羽をもつオスの形質が子孫に受け継がれるというのだ。
しかしここでも問題がある。
鳥も人間と同様、背骨がズレることがある点を考慮しなくてはならない。
羽の長さといっても、適当に羽の付け根のあたりから測っているはずだが、このとき背骨がズレていたら、正確に測ることなどできないのである。
そもそも本当にメス鳥は、オスの羽の長さなど見ているのだろうか。
よほど極端でない限り、左右の長さのちがいなどわかるはずがない。
しかし人間でも、背骨がズレて「アシンメトリ現象」が極まっている人は、日常の動作がぎこちない。
これが鳥であれば、左右差は飛び方や歩き方などのちがいとして現れるだろう。
その動作の微妙なちがいを見て、メスはオスの生命力や繁殖力などを見きわめているのではないか。
他にも生物学の話で根本的にまちがっていると思うのは、「メスの鳥がオスを選んでいる」と想定している点だ。
だが、メスがどんなにシンメトリなオスが好みでも、先にオスのほうから求婚されなければ話が始まらない。
生物学者なら、オスの気を引くために踊ってみせるメス鳥などいないことは熟知しているではないか。
試しに繁殖シーズンに野鳥の生態を観察してみれば、ある特定の1羽のメスにオスが集中していることがわかるだろう。
この事実から見れば、やはり最初に問われるのはメスの形質なのである。
生物学者のいう通り、繁殖に重要なのが左右の対称性なのであれば、まずオスが左右対称なメスを選び、選ばれたメスもまた、左右対称なオスを選択していることになる。
その結果、左右対称なメスの形質が、子孫に受け継がれると考えるべきなのだ。
同様のことは人間についてもいえる。
最近、顔が左右非対称な新生児が増えている。
もちろん顔が非対称だからといって、全てが「アシンメトリ現象」だとはいえない。
「アシンメトリ現象」とは、ある特有の非対称性が体の左側に現れたときだけの呼称なのである。
しかし、仮に新生児に「アシンメトリ現象」が現れているならば、その原因は胎児の段階で作られていることになる。
すると、母体に何らかの問題があって、それが胎児に影響したと考えられる。
前回の当誌では、「アシンメトリ現象」というのは抗重力筋が過度に働いた状態だと説明した。
ところが胎児は羊水に浮いているのだから、「アシンメトリ現象」の特徴を作るほど、まだ抗重力筋が機能していない。
それなら母体からの影響が一番大きいはずなのだ。
では、母体を介して胎児にどのような影響があると考えられるだろうか。
「アシンメトリ現象」は、主に化学物質・重金属・放射性物質などの有害物質によって引き起こされている。
母体がそれらの有害物質に曝露した結果、胎児にもその影響が現れているのではないか。
これは薬害と同じメカニズムなのである。
また、母体に「アシンメトリ現象」が顕著であれば、内臓のらせん機能も亢進している。(※2)
そのせいで子宮に過度なひねりの力が発生し、その力が胎児にも影響しているのかもしれない。
こういった話は推測の域を出ないが、新生児に見られる「アシンメトリ現象」については、今のところ他に原因は考えられないのである。
私の知る限り、「アシンメトリ現象」が全く出ていない女性には、妊娠・出産・授乳の際のトラブルが少ない。
そして「アシンメトリ現象」のない母体から生まれた子供にも、「アシンメトリ現象」のような異常は見られない。
ここまでなら、生物学者のいう通り、左右対称な形質が子に受け継がれた結果だといえるだろう。
しかし実際には、非対称な形質をもつ人は増えている。
繁殖時の選択の結果、淘汰されて減少しているべきなのに、逆に現在は、左右非対称な人間が急速に増加しているのである。
実は生物学の世界では、左右非対称な個体の増加は、種(しゅ)の絶滅の予兆だといわれている。
そのため、鳥や虫、魚などの希少な種に対しては、左右差の計測が行われてきた。
ところがこれまでのところ、人類がこの計測の対象になることはなかった。
日本を含め少子化が問題になる国が増えているとはいえ、地球規模では人類は増加し続けているからだ。
しかし遅かれ早かれ、人類に対しても左右差の計測が必要であることにだれかが気づくときが来るだろう。
そしてその計測方法として、「アシンメトリ現象」の有無が指標に採用されたならば、その驚くべき結果に世界が震撼するはずだ。
しかもそれは、この地球環境にわれわれ自身がまき散らしてきた有害物質の影響なのである。
このことを自覚したとき初めて、人類が地球に生き永らえるための喫緊の課題が明らかになることだろう。
(花山 水清)
【※1】生物学では、本来左右対称であるべき生物の非対称性を表すのに、FAという計算数値が使われることがある。FA(Fluctuating Asymmetry)とは、左右を計測した数値から計算して左右非対称の度合いを表した数値であり、FA値が大きいことは左右の非対称性が大きいことを意味する。
また左右非対称な個体は、生命力や繁殖力が劣るとも考えられている。
ところが従来のFAの計算方法では、単に「左右差がある」という程度の結論にしかならない。
これでは「アシンメトリ現象」のような、左一側性の現象の存在を証明する役には立たない。
FA値の一つの計算方法:
(「シナイモツゴの個体群の大きさに影響する要因」論文より)
FA(%)=|右-左の測定値|÷(右+左の測定値)×100
これを応用して「アシンメトリ現象」の度合いを計算するなら以下の式になるだろうか。
FA(%)=(右-左の測定値)÷(右+左の測定値)×100
全く左右対称ならFA=0%で、数字が大きくなるほど「アシンメトリ現象」の度合いが強いことになる。
【※2】メールマガジン395号「内臓の形はなぜ左右非対称なのか」参照