メールマガジン「月刊ハナヤマ通信」390号 2019/04
「アシンメトリ現象」とは、左半身の形と知覚に特異的に現れる規則性をもった現象である。
前回は、「アシンメトリ現象」特有の形態的な変化が、左の脊柱起立筋の異常な収縮によって発生するしくみをお伝えした。
そこで今回は、「アシンメトリ現象」のもう一つの大きな特徴である、左半身の知覚の変化について考えてみたい。
知覚の変化の話に入る前に、まずは背骨のズレという用語の定義をしておく必要があるだろう。
「背骨のズレ」の存在は、古代ギリシアの医聖・ヒポクラテスの時代から知られていた。
今では普通名詞といえるほどだが、世間一般のイメージと、私の考える背骨のズレとでは、大きな違いがあるのだ。
一般的には、重い物を持ち上げたり転んだりして、背骨に負荷がかかったときにズレると考えられている。
話として見れば、ズレの原因を外力に求めていることになる。
しかし私は、ズレの原因は内力によるもの、つまり外から加えられた力ではなく、体の内側からの力だと考えている。
具体的にいえば、左の脊柱起立筋が、特異的に収縮する力のことである。
左の脊柱起立筋が特異的に収縮すると、筋の付着部である椎骨を左から引っ張る力が生じる。
すると椎骨が左にズレてしまうのだ。
椎骨とは、背骨を構成する合計24個(頚椎7個、胸椎12個、腰椎5個)の骨のことである。
「アシンメトリ現象」の場合、脊柱起立筋の収縮は左一側性であるから、これらの椎骨も左側にしかズレない。
もし椎骨のズレに外力が作用するものなら、左右のどちらにでもズレるはずだ。
ところが実際は、椎骨に外力が作用したと考えられる状況でも、ズレる方向には影響しない。
それはあくまでも補助的なきっかけに過ぎず、例外なく左にだけズレるものなのだ。
これが私の考えている「背骨のズレ」である。
それではなぜ、脊柱起立筋は背骨をズレさせるような、異常な収縮を起こすのか。
もちろん脊柱起立筋が通常の働きをしているときは、背骨がズレるようなことはない。
しかし何らかの理由で脊柱起立筋にイレギュラーな収縮が起こると、筋肉が引きつって背骨がズレる。
その原因として、私は生活環境中の化学物質や重金属、放射線などの有害物質を、候補に挙げている。
ひょっとすると、現在の科学では無害だと考えられている物質も、関与している可能性がある。
睡眠不足などの生活習慣や加齢、遺伝子の問題も影響しているかもしれない。
いずれにせよ、それらの影響で神経伝達に異常をきたした結果、左脊柱起立筋に特異的な収縮が起こるのである。
さてここからが本題だ。
ヒポクラテスは、背骨がズレる方向が左一側性であることを知らなかったが、他にも彼が知らなかったことがある。
背骨のズレには発痛作用だけでなく、なんと鎮痛作用まで存在している点だ。
背骨がズレると、ズレた椎骨が周りの神経や血管など、さまざまな組織に対して機械的な力を及ぼす。
その結果、背骨のズレは多くの疾患と関わりをもつようになる。
つまり、背骨がズレるといろいろな症状が出るのだ。
例えば腰椎がズレると、ズレた腰椎の周りの知覚神経が刺激されて、腰痛になる。
腰痛は背骨のズレによる発痛作用の代表だろう。
ところが背骨がズレていても、発痛作用が全く起こらないことがある。
大きなズレがあるから、知覚神経を刺激しているはずなのに、当の本人には痛みなどの自覚症状がないのだ。
当初はこの状態をふしぎに思っていたが、これは明らかに、何らかの鎮痛作用が働いて、痛みが抑制されているのである。
では背骨のズレによる疼痛を打ち消すのは、どのようなしくみが働いているのだろうか。
神経伝達のシステムからみれば、これは内因性オピオイド(モルヒネ様物質)の作用だと考えられる。
背骨のズレは末梢神経だけでなく、時には中枢神経である脊髄まで刺激してしまうことがある。
このとき何らかの信号が、脊髄から上位中枢に伝わって、内因性オピオイドの分泌が誘発される。
すると患部に鎮痛作用が働いて、本来出るべき痛みが抑制されるのだろう。
そしてこの鎮痛作用こそ、「アシンメトリ現象」の最大の特徴である、左半身の知覚が鈍くなる理由なのである。
ここで「アシンメトリ現象」のしくみを整理してみよう。
「アシンメトリ現象」は、有害物質などの外的要因によって、左脊柱起立筋が特異的に収縮することで始まる。
この収縮によって、さまざまな部位の形が左右非対称になる。
それと同時に、左脊柱起立筋の特異的な収縮は、背骨のズレを引き起こす。
ズレが末梢神経に作用すれば、痛みなどの症状が出る。
しかし、ズレによる機械的な力が脊髄にまで及ぶと、内因性オピオイドが分泌されて疼痛は抑制される。
この内因性オピオイドの鎮痛作用の結果、左半身の知覚が鈍麻する。
これが「アシンメトリ現象」の一連のストーリーだ。
残念なことに、背骨のズレが解消しても、一旦レセプターと結合した内因性オピオイドの作用はなかなか解除されない。
発射ボタンが押されてミサイルが飛んでいってしまったら、あとから取り消すことはできないようなものだ。
左の脊柱起立筋の盛り上がりが、かんたんには消えない理由もここにある。
この盛り上がりは、背骨がズレただけでなく、鎮痛作用が働く段階にまで到達したときにのみ現れるからだ。
またここまでくると、それに伴う疾患も、格段に厄介なものになってしまうのである。
(花山 水清)