メールマガジン「月刊ハナヤマ通信」389号 2019/03
左半身の形態と知覚に特異的に現れる規則性をもった現象を、私は「アシンメトリ現象」と名付けた。
当誌では、「アシンメトリ現象」の概要や、関連した疾患について採り上げることが多かった。
そこで「アシンメトリ現象」に見られる形態や感覚などの特徴を具体的な一覧にしてみたので、自分にも当てはまるかどうかを、一度チェックしてみていただきたい。(文末に掲載)
背中の特徴は自分ではわかりにくいから、家族に見てもらうとよいだろう。
このうち一つでも当てはまるようなら、他の特徴も当てはまる可能性は高い。
しかし当てはまったからといって、極端に心配する必要もない。
「アシンメトリ現象」が全く当てはまらない人など、まずいないのだ。
また、特徴の度合いも日々変わるものなので、健康状態の目安として考えていただけたらよいだろう。
さて、本題に入ろう。
今まで「アシンメトリ現象」の形態的な変化については、左の骨格筋の緊張や収縮だとしか伝えてこなかった。
今回はそういった形の変化が、どのようなしくみで起こるのかを考えてみたい。
私がいちばん最初に「アシンメトリ現象」の特徴に気づいたのは、こぶのように盛り上がった左の起立筋であった。
あの人もこの人も、左の腰の同じところがしこりになっているのだ。
あるときこれに気がついて、ふしぎに思ったのが始まりだった。
起立筋は、正しくは脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)といって、数ある背筋の総称である。
上は頭蓋から下は仙骨まで、脊柱骨のそれぞれにつながっている筋肉だ。
それらの筋肉が働くことで、体幹は回旋(上体を左右にひねる・回す)・側屈(上体を左右に倒す)・伸展(上体を後ろに反らす)の動きになる。
では、その脊柱起立筋が左側だけ盛り上がっているのは、どういう状態なのだろうか。
筋肉というのは、活動するときは収縮し、使わないときには弛緩するものだ。
腕の筋肉なら、上腕二頭筋が収縮すると力こぶができ、弛緩するとこぶは消える。
すると左の脊柱起立筋が、こぶのように盛り上がっているのは、筋肉が収縮した状態だと考えてよいだろう。
しかし上腕二頭筋と違って、本人が意図して左の脊柱起立筋の力を入れているわけではない。
自分の意思では、力を抜くこともできないので、常に左側が収縮したままなのだ。
ずっと力が抜けないのだから、「アシンメトリ現象」には、激しい疲労感が伴うことも珍しくない。
それでは収縮したままの左の脊柱起立筋は、その力を何に使っているのだろうか。
先ほど説明した通り、脊柱起立筋の働きは回旋・側屈・伸展である。
これらのうち、最も「アシンメトリ現象」に関係しているのは、回旋だろう。
回旋には、同側と反対側の回旋があり、脊柱起立筋が回旋筋として働く場合は、反対側回旋となる。
すなわち左側の筋肉が働くとき、上体は右側に回旋するのである。
本来の回旋運動では、内腹斜筋や外腹斜筋の作用が大きい。
しかし「アシンメトリ現象」による脊柱起立筋の回旋では、上体を完全に回しきるわけではない。
この左脊柱起立筋による右への回旋が、「アシンメトリ現象」特有の、左右非対称な形を作り出しているのである。
例えば上体が右に回旋すると、左肩は内側に回り込む。
これはノーマルな動きである。
ところがこの状態で筋肉が弛緩しなくなると、左肩が内側に入り込んだままになる。
これが「アシンメトリ現象」特有の形である。
もちろん筋肉が完全に弛緩しなくなるわけではないので、弛緩しにくくなるといったほうが正確だろう。
他にも、脊柱起立筋が左だけ収縮した状態が続くと、体幹の左側が太くなる。
するとウエストのくびれがなくなって、左側だけずんどうになってしまうのだ。
脊柱起立筋には、回旋筋として体幹を動かすだけでなく、もう一つ重要な役割がある。
それは抗重力筋としての働きだ。
抗重力筋とはその名の通り、人体が重力に拮抗するための筋肉である。
実は左の脊柱起立筋が、抗重力筋として右よりも強く働くことも、「アシンメトリ現象」の形態的変化の原因となっているのだ。
では順を追って、抗重力筋としての作用も見ていこう。
まず、左の脊柱起立筋が抗重力筋として右よりも強く働くと、左半身が引き上げられる。
その結果、左肩が右よりも上がる。
左肩が上がれば、左側の鎖骨と肩甲骨も一緒に持ち上がる。
これが「アシンメトリ現象」の特徴的な形だ。
また同じ理屈で、骨盤も左側が上がる。
骨盤の左が上がると、連動して左脚も引き上げられる。
この状態で椅子に座ると、左のひざが右よりも後方に位置し、ひざ頭が揃わなくなる。
仰向けに寝れば左右の足先が揃わないので、左脚が短いようにも見える。
だが、実際に左脚が短くなっているわけではない。
もう一つ抗重力筋の働きから、頭部の「アシンメトリ現象」の説明もつく。
脊柱起立筋の最上端は、頭蓋の下部に付着している。
この部分で左の脊柱起立筋が強く収縮すると、頭蓋を左下から押し上げるので、頭蓋は右側に傾き、ぼんのくぼも右側に傾斜するのである。
また、頭部が傾斜して顔面も右側に傾くと、鼻は左に曲がり、左口角は上がったように見える。
ただし頭部の傾斜には、脊柱起立筋の抗重力筋としての働きだけでなく、回旋筋としての働きや、胸鎖乳突筋など他の筋肉の影響も大きい。
しかも、右・左という二次元の動きではなく、三次元としての傾き方であるから、「アシンメトリ現象」の段階によっては、頭部が左に傾いていることもある。
顔面の左右差についてはさらに複雑で、表情筋や咀嚼筋なども含めて、大小さまざまな筋肉が複雑に作用し合っている。
それらの全てを網羅して説明するのは甚だ難しいので、今回は脊柱起立筋の働きにしぼって、「アシンメトリ現象」の形態的な変化を説明してみた。
左の脊柱起立筋の異常な収縮が、「アシンメトリ現象」という左右非対称な形を作り出しているしくみを、だいたいご理解いただけただろうか。
しかし左脊柱起立筋の収縮は、左右の形を非対称にするだけではない。
その左右の基準となる、対称軸すらゆがめてしまっているのである。
左右の対称性を語るうえで、その対称軸があるべき位置に「ない」という事実は、非常に重要な問題だ。
むろん人体の対称軸とは背骨のことである。
左の脊柱起立筋が回旋筋として強く働くことで、背骨を構成する椎骨の一つ一つが左側に引っ張られて傾く(=ズレる)。
そして椎骨が連続的に左にズレることによって、本来は対称軸となるべき背骨そのものまでが、基準にできなくなる。
この椎骨のズレによって、「アシンメトリ現象」はより複雑で深刻な問題へと発展していく。
次回は、椎骨のズレという現象について、より深く解明していきたいと思っている。
(花山 水清)