メールマガジン月刊ハナヤマ通信 375号 2018/01
昨年の暮れ、武蔵野美術大学の関野吉晴先生に呼ばれて、課外講座で2度目の講演をさせていただいた。
今回は日程が急に決まったため、告知が直前になってしまったが、それでも大勢の人が参加してくださった。
この講演のテーマは「医学を超える美術」。
かつて美大生だった私が、医学に目覚めてから20年で構築した理論について、話をさせていただいたのだ。
関野吉晴先生といえば、テレビ番組の「グレートジャーニー」シリーズで有名な探検家である。
医師でもあり文化人類学者でもある先生は、アマゾン流域の自然のなかで暮らすヤノマミという南米の先住民族と起居を共にして、彼らの健康状態をつぶさに観察してこられた。
その話のなかで、ヤノマミには腰痛患者はいなかったと聞いた。
私も当然そうだろうと思う。
しかし、日本を始め世界中で、腰痛患者は増え続けているのである。
一昔前にはこのような現象はなかったはずだが、なぜこんなに増えたのか。
その原因は何なのか。
この疑問に対して、当誌では何度も取り上げてきたが、今号は年始の配信でもあるので、改めて私の原点ともいえる腰痛理論について、まとめて書いておこうと思う。
腰痛と一言でいっても、症状もそこに付けられる病名もさまざまである。
病院では腰痛の原因を、肉体的なものと精神的なものとに分けて考えることにしているらしい。
しかも最近では、腰痛の8割以上が精神的ストレスが原因だとされる。
病院の通常の検査で原因が見つからなければ、肉体的には問題がないことになる。
肉体に問題がないなら、精神的なものが原因だろうと考えているのである。
このように精神的ストレスが腰痛の原因だといわれ始めたのは、確か10数年程前からだったと思う。
当時のストレス原因説の急先鋒は、腰痛の権威といわれた福島県立医大の菊地臣一医師だった。
それ以前の彼の著書には、ストレス原因説など一切書いてなかったから、機械論者がいきなり生気論者になったようで、その豹変ぶりに驚いた記憶がある。
だがふつうの考え方なら、精神的ストレスで腰痛になるのではなく、腰痛の存在が精神的ストレスになるはずだ。
雨が降ったから傘を差したのであって、傘を差したから雨が降ったわけではない。
なぜ、こんな原因と結果が逆転したような理論を持ち出すのか、私には不可解だった。
それでも、こんなおかしな話は通用するはずがないと思って傍観しているうちに、いつしか、精神的ストレス原因説が世間の主流になってしまった。
そこで私は、腰痛の原因は精神的ストレスではなく背骨のズレであるという話をまとめて、『 腰痛は「ねじれ」を治せば消える 』(以下、「ねじれ本」)と題して出版したのである。
2005年に出版した本書では、理論だけでなく実際の患者さんたちの体験談も載せた。
その際、作家の中島孝志氏に依頼して、第三者の立場から私の患者さんたちに電話で聞き取り取材をしていただいた。
さらにその内容が原稿になった段階で、本人たちに内容を再確認し、全員実名で掲載した。
従って、体験談の部分も完全にノンフィクションなのである。
しかも事実ではあっても、あまりにも劇的な症例は、私の側で採用を見送った。
いわゆる腰痛本で、ここまで徹底したものはかつてなかっただろうと思う。
この『 ねじれ本 』は5年かけて完売した結果、残念ながらそのまま絶版となった。
だが本書の執筆によって、私の腰痛に対する理論もまとまった。
その理論の概要を説明しておこう。
まず、私は腰痛の黒幕の筆頭は、化学調味料などに含まれるグルタミン酸ソーダ(MSG)だと考えている。
MSGなどの、ある種の化学物質を大量に摂取すると、神経伝達に異常が起きることが知られているからだ。
この神経伝達の異常によって、左側の骨格筋に特異的な緊張が発生する。
するとその骨格筋の緊張によって、背骨は左側から引っ張られることになる。
引っ張られた背骨は、微妙な角度で左側に倒れ込む。
この状態を、私は背骨のズレと呼んでいる。
そのズレた背骨が周りの知覚神経を刺激すると、腰痛などの症状となる。
これが腰痛発生のしくみであり、腰痛患者の多くがこのパターンなのである。
ではこのしくみを逆にたどれば、腰痛が消えるのだろうか。
理論上はそうなる。
ズレた背骨を正しい位置に戻すことができれば、ズレによる症状も消えるはずだ。
それを実践したのが、手技による背骨のズレの矯正(モルフォセラピー)である。
コロンブスの卵の話にも似て、いたって単純なメカニズムだといえるだろう。
このMSG原因説について、『 ねじれ本 』を読んだ元東京大学医学部講師のF医師から毛筆のお手紙をいただいた。
「ノンドクターでありながら、腰痛の原因を喝破するとは!」と何枚にも渡って激賞してくださったのだ。
本を出した意義があったと感じた瞬間でもあった。
だがこういった一部の理解者はいても、精神的ストレス原因説の勢いは衰えることはなかった。
これは、みなさんもご存じの通りである。
さて、この精神的ストレス原因説で、特に注意しなければいけない点がある。
医者が「精神」とか「心」と表現していても、それは心身二元論における「体」に対しての「心」という意味ではない。
それは「脳の作用」という意味なのである。
これほど医者とわれわれの認識との間に差があると、誤解が生じることは必然だろう。
脳の話で思い出すのが、20年近く前に日本でもベストセラーになったラマチャンドランの『
脳のなかの幽霊 』という本だ。
この本のなかには幻肢痛の話が出てくる。
幻肢痛とは、腕や脚が切断されて、もうなくなってしまったのにその腕や脚に痛みを感じるという現象である。
それはありもしない痛みを、脳が勝手に作り出しているというのだ。
この幻肢痛の話が有名になって以来、「脳が勝手に痛みを感じる」という説明は、腰痛治療の現場で頻繁に使われるようになった。
そして、「精神的ストレスのせいで、脳が勝手に痛みを感じているだけで、本当は痛くないんですよ」などと医師から諭される場面も増えた。
「バカにしているのか!」と怒りたくなる話だが、これが最先端の脳科学だといわれれば、だれも文句がいえない。
以後、脳科学とやらとセットになった精神的ストレス原因説は、腰痛治療の周辺だけに留まらず、原因不明だとされる疾患の説明として重宝されるようになったのである。
現在ではその発展型として、腰痛はうつ病扱いされるようにまでなった。
医師の前でちょっと「腰が痛い」といっただけで、「あなたは仕事を几帳面にしなければ気が済まないタイプでしょう」などといわれてしまうのだ。
ここまでくると、医学というより占いだ。
仮に、腰痛の原因が脳の問題なのであれば、せめて腰痛患者には脳外科受診を促すべきだろう。
しかしそんな話は聞いたことがないし、私には腰痛が脳の問題だとも思えない。
本当に精神的ストレスで腰痛になるものなら、とうの昔に世界平和が実現しているはずだ。
太平洋戦争当時の日本兵など、精神ばかりか肉体的ストレスも極限状態にあった。
戦って敵に殺されるならまだしも、彼らの多くは補給が途絶したがゆえに、飢えによってバタバタと死んでいったのである。
現代人の会社勤めのストレスなどとは、次元が違う。
それでも、兵隊が腰痛で動けなくなったなどという話は、だれも聞いたことはないはずだ。
精神的ストレスで腰痛になるぐらいなら、戦争どころではないのは明らかだろう。
まして「現代はストレス社会だから」などという説明は、医学でも科学でもない。
仮に現代と過去の時代とを比較して語るなら、比較の対象が必要だ。
それは百年前なのか千年前なのか、はたまた一万年前なのか。
比較の対象も限定せずして、正確な比較などできるはずもないのだから、イメージだけで論じてはいけないのだ。
実際には、腰痛が増えたのは背骨がズレた人が増えたからである。
それ以外の理由などない。
背骨がズレるのは、神経伝達を異常にする化学物質をわれわれが過剰に摂取しているからなのだ。
決して、現代人の心が病んでいるせいでも、脳が壊れているわけでもないのである。
(花山 水清)