メールマガジン月刊ハナヤマ通信 369号 2017/07
先日、ひざの痛みを訴える60代の女性が来院された。
整形外科での診断では、変形性膝関節症だから手術が必要らしい。
だが、打撲などといった外的な要因がないなら、ひざの痛みの原因は、ほぼ腰椎のズレなのである。
従って、ズレた腰椎を正しい位置に戻してやるだけで、ひざの痛みも解消する。
こんなことは、解剖学の基礎的な神経のしくみを理解していれば、ごく当たり前の発想なのだ。
ところが整形外科では、全く違った常識が支配している。
変形性膝関節症を代表とする変形性関節症の主な原因は、軟骨のすり減りだと考える。
だから整形外科では、必ずX線で関節の軟骨のすり減り具合を調べるのだ。
しかし軟骨そのものはX線画像には写らない。
そこで患者には「軟骨がすり減って関節の隙間が狭くなっているから、それが痛みの原因だ」と説明する。
だが関節に問題があるとしても、それは結果であって原因ではない。
それなのに、全く見当違いの治療をするから治らない。
整形外科の世界ではそんな見当違いを60年以上も続けており、今現在も世界中の研究者が軟骨のすり減りにとらわれているのだ。
この変形性膝関節症の原因については、当メールマガジンでは10年以上も「ひざの痛みの原因は、腰椎のズレだ」と繰り返し書いてきた。
今回来院された女性も、原因となっている腰椎のズレを矯正することで、ひざの痛みが解消してしまったから、手術の必要もなくなった。
これでメデタシメデタシといいたいところだが、人体のメカニズムはそのような単純な話ばかりではなかった。
ここからが今日の本題だ。
腰椎のズレを戻した途端、彼女の顔と手が真っ赤になって、全身から汗が吹き出した。
本人も「暑い、暑い」といって、まるで更年期障害のような症状だ。
このように、背骨のズレを戻して体調が急に変化するのは珍しいことではない。
何らかの持病があったり、薬を服用している人ならなおさらだ。
だからこそ、施術には細心の注意が必要なのである。
今回のケースでは、彼女が橋本病の患者であることが、体調変化の理由だったようだ。
橋本病とは自己免疫の異常によって起こる甲状腺疾患の一つで、甲状腺機能が低下する病気である。
甲状腺は体の代謝を司る内分泌器官なので、橋本病のように甲状腺機能が低下すると、体温が下がったり汗が出にくくなったりするのだ。
ところが彼女の体に現れた変化は、橋本病とは正反対で甲状腺機能が亢進した状態である。
橋本病患者にとって、甲状腺の機能が亢進するのは好ましいことだが、ホルモン濃度の急激な変化は危険なことでもあるので、この状態を手放しで喜ぶわけにはいかない。
私もヒヤリとしたが、しばらく安静にしていたら症状は落ち着いた。
それでは背骨のズレの解消と甲状腺機能の亢進には、一体どのような関係があるのだろうか。
そこで背骨のズレが甲状腺ホルモンに対して、どのように作用しているのか、順を追って考えてみよう。
まず背骨がズレると、そのズレた骨が血管を機械的に圧迫することで、血流が阻害される。
またズレた骨が交感神経を刺激して、アドレナリンが分泌される。
するとさらに血管は収縮し、ますます血流が阻害される。
その状態で背骨のズレを戻すと、瞬時に血流が回復する。
この急激な血流の回復は、血管拡張と同じ作用をする。
その結果、血液は重力に従って一気に下がる。
その際、脳は一時的に虚血状態に陥ってしまう。
本来なら、血中のホルモン濃度は体のホメオスタシス(恒常性維持機能)によって、常に一定に保たれるようになっている。
だが背骨のズレを解消して血流が回復したことで起きる、この一時的な脳の虚血状態を、脳下垂体は血中の甲状腺ホルモンの異常な低下だと判断してしまうのだ。
するとホメオスタシスが働いて、血中に甲状腺ホルモンが放出される。
このようなメカニズムで、彼女の体に突然、甲状腺機能亢進の症状が現れたのではないか。
ではここでもう一歩、話を進めてみたい。
彼女は橋本病だったが、実は橋本病の患者でなくても、背骨のズレを戻した途端、甲状腺機能亢進のような反応を示すケースはこれまでに何度もあった。
しかもそういう反応は、圧倒的に女性に多い。
そして橋本病のような甲状腺疾患も、女性に多い病気である。
また変形性膝関節症も女性に多く見られることが知られている。
つまりこれらの病気には、全て女性ホルモンが関与しているのである。
女性ホルモンは、背骨のズレとの関係が非常に深いホルモンだ。
理由は不明だが、女性ホルモンの分泌が低下すると、極端に背骨がズレやすくなる。
そのため月経前や月経中、閉経後など、女性ホルモンが低下したときに頭痛や腰痛になる人が多い。
この場合も、もちろん頭痛や腰痛は背骨のズレが原因である。
しかし女性ホルモン、特にエストロゲンの低下が背骨のズレを助長することによって、それらの症状が起こりやすくなるようだ。
これと同様のメカニズムが働いて、変形性膝関節症も閉経後の女性に多く発症していると考えられるのである。
また腰椎のズレは、女性ホルモンを分泌する卵巣の機能にも影響する。
しかもこの場合、腰椎のズレはエストロゲンの分泌を、過剰に促進しているようなのだ。
このことからは、エストロゲンの低下がズレを助長するのも、ある種のホメオスタシスの働きなのかもしれないと思うことがある。
だがこれは断言はできない。
いずれにしても、腰椎のズレを矯正すれば卵巣機能は正常になり、エストロゲンの過剰分泌も収まる可能性が高い。
ところがズレを戻したことで、エストロゲンが急激に低下して、それが脳下垂体にフィードバックされると、いきなりのぼせや多汗などといった、更年期障害と同じ症状が一時的に出現することがある。
このような更年期障害の症状と、甲状腺機能亢進の症状がよく似ていることも興味深い。
こうやって考えていくと、腰椎のズレからくるひざの痛みという末梢での現象が、神経伝達やホルモン分泌の異常の話につながり、中枢機能を左右する話にまで発展した。
他にも、腰椎のズレによるエストロゲンの上昇が、腫瘍促進物質として作用し、乳がんの発症リスクを上げてしまうことは以前にも書いた通りである。
このように単なるひざの痛みであっても、その原因をつきつめていけば、さまざまな疾患の成り立ちが、互いに複雑にからみ合っている姿が浮き彫りになってきておもしろい。
だが、ホルモンや神経伝達のしくみというのは、医学的にも未解明な部分が多くて難しい。
背骨のズレがさまざまな症状を出すしくみをつきとめようとして、ホルモンや神経伝達との関係や、それぞれの物質同士の相関関係、受容体のことまで含めて考えていくと、難解な方程式を複数同時に解いているような気分になる。
この感覚自体は嫌いではないが、私の欲しい答えが見つかるまでには、まだ相当時間がかかりそうだ。
今回の話も、結論というよりは現状認識の報告に留まる内容ではあるが、これが同じ疑問を持つ人たちにとって、何らかのヒントになることを願っている。
(花山 水清)