メールマガジン月刊ハナヤマ通信 365号 2017/02
夢とは不思議なもので、日ごろ考えてもいないようなことが、突然現れる。
つい先日も、「がんはなぜ硬いのか」と真剣に考えている夢を見た。
がんはゴツゴツとして岩のように硬いことから、昔はがんに「岩」という字を当てていたそうだ。
たとえ夢でも、「がんはなぜ硬いのか」というのはかなりおもしろいテーマである。
そんなことは今まで一度も考えたことがなかったのに、夢のなかではちゃんと解答まで用意されていた。
「細胞とは発泡スチロールの気泡のようなものである。
スチロールの気泡が小さければ、その密度は高くなり、硬くなる。
さらに限られた空間では、より多く発泡したものががん細胞だといえる。
だからがんは硬いのだ」
こんなもっともらしい説明だった。
なるほど物理の解答としては間違っていないだろうが、医学の話としてはどうだろう。
だが夢とはいえ、発泡スチロールのたとえはユニークだ。
目が覚めてから、改めて「がんはなぜ硬いのか」について考えてみた。
そこでふと、「がんは炎症ではないか」という考えが浮かんだのだ。
頭をぶつけてできたたんこぶのように、打撲などで炎症を起こすと、組織は硬く腫れ上がる。
それならば、がんの硬さも炎症が極まった状態ではないのか。
実際、多くのがんで炎症性のサイトカインが検出されているのだから、がんと炎症とは無関係ではない。
米国に、ロバート・A.ワインバーグ(1942-)という、がん研究で有名な分子生物学者がいる。
彼には、『 がんの生物学 』という大著があり、私もたいへん興味深く読ませていただいた。
そのなかに「多くの炎症状態は、腫瘍促進の役割を果たす」という記述があった。
さらに「がんは慢性炎症の部分に生じる」とも書かれていたのである。
確かに、がんは肝炎、すい炎、大腸炎、胃炎、胆のう炎などのような慢性炎症の部位に生じることが多い。
またヤケドの炎症のあとには、皮膚がんが発症しやすいこともよく知られている。
その上アスピリンのような抗炎症薬が、がんの罹患率を抑制するという事実からも、がんは炎症とのつながりが深いことがわかる。
近年、発がんに対する考え方は多段階発がん説が一般的になっている。
発がんは発がん物質による遺伝子の突然変異によって起こるという、従来の単純な説でなく、より複雑なプロセスによって起きているという考え方だ。
そのためワインバーグも、炎症は腫瘍進展に対して、あくまでも付加的な役割を担っているに過ぎないと説明している。
しかし私は、がんそのものが炎症ではないかと考えてみた。
そしてそれらの炎症にはすべて、背骨のズレが関与していると想定して、そこから発がんのメカニズムを再構築してみたのだ。
炎症というのはそれ自体は病気ではない。
生体の自己防御的な生理反応である。
するとがんも病気ではなく、炎症という生理反応の一つであると捉え直すことができる。
そもそも病気とは、何らかの病因があって病態としての症状が現れたものである。
つまり発症のメカニズムをさかのぼっていくと、必ず何らかの根本となる原因にたどりつくはずだ。
逆にいえば、その原因を取り去れば病気も消えることになる。
ところが今の医学ではがんの病因の特定すらできていないのだ。
ワインバーグも当初は、がんの病因はいずれ特定の遺伝子に還元され、分子生物学で征服できるだろうと考えていた。
しかし研究すればするほど、がんの共通項など見つからないどころか、さらに発がんの仕組みは複雑さを極めていった。
そのため彼は、「がんは規則性の全くない複雑なカオスの世界だ」と告白している。
ところが、「がんは炎症である」と捉えてみれば、背骨のズレこそがすべてのがんの共通項となる可能性が出てくるのだ。
背骨のズレによる機械的な刺激は、その周辺に必ず何らかの炎症を引き起こす。
また、がんはズレによって刺激された神経の支配領域、つまり炎症部位に発症している。
これは原発巣だけでなく転移がんでも同じである。
これまでの常識では、背骨のズレが炎症の原因だとは考えられていなかった。
そもそも背骨がズレるものであることすら知られていない。
だから、がんと背骨のズレとの関係についてなど、だれも気づくことがなかったのだ。
ワインバーグの著書に、胆のうがんに関する記述がある。
胆のうに発生するがんは、胆石による長年の機械的な炎症が原因だというのだ。
胆石の機械的な作用が、胆のうに炎症を引き起こすことに異論を唱える人は一人もいないだろう。
しかし私は、胆のうの炎症には、胆石よりも背骨のズレのほうが、はるかに影響が大きいと考えている。
以前ある会合で、食後に急な腹痛を起こし、脂汗を流して苦しんでいる男性がいた。
まわりの人が救急車を呼ぼうとしているとき、その場に居合わせた友人が私に向かって、「何とかしてあげて!」と叫んだのだ。
彼のかなり立派な体格と食後の激しい腹痛という状況から判断すれば、それは胆石のパターンだった。
そこでとりあえず体をみてみると、明らかに胆のうの周辺が腫れている。
やはり胆石かと思ったが、その腫れのあたりの肋骨が妙な位置にあるのが気になった。
そこで胸椎のズレを丹念に戻していくと、肋骨の位置は正常になった。
それと同時に、胆のう周辺の腫れが引いて、彼の激痛もウソのように治まってしまったのである。
その後の病院の検査では、胆石による胆のう炎だったのだろうと診断されたそうだ。
しかし胆石がなくても、背骨のズレが原因で胆のう炎を起こしている例は、過去にもみたことがある。
彼の場合も、炎症の原因は胸椎のズレだったから、胆石の存在は単なるきっかけに過ぎなかったと考えられる。
通常は背骨がズレても、ズレ幅が小さければ背骨は自然に正しい位置に戻るものである。
だがズレの幅が大きいと、なかなか元の位置に戻らないので、10年も20年も背骨がズレたままで暮らしている人も珍しくはない。
場合によっては30年も40年も、慢性的な炎症を抱えている人もいる。
背骨のズレという認識がないから、炎症があることに気づかないだけなのだ。
ワインバーグのいう通り、がんが慢性炎症の部位に生じるものであれば、背骨のズレによる慢性炎症の部位にがんが生じると考えてもおかしくない。
さらにがんそのものが炎症であるとするなら、その炎症の原因を取り除けば、がんの存在も消えてしまうことが予測できるのだ。
現在の病院でのがん治療は、がん細胞を正常細胞に置き換えられるわけではない。
しかし背骨のズレががんの共通項だと認識されれば、がんはカオスの世界から一挙にシンプルな秩序の世界へと還元できるかもしれない。
そのように、ワインバーグ氏にも教えてあげたいものである。
(花山 水清)
参照 『
がんの生物学 』ロバート・A.ワインバーグ