花山 水清
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脳性麻痺のA君との思い出

メールマガジン月刊ハナヤマ通信  357号 2016/07

 

 この春、「私の哲学」という小冊子のインタビューを受けた。

 

サントリーの社長やプロスキーヤーの三浦雄一郎氏など、錚々たるメンバーに並んで「なぜ私が?」と思わないでもなかったが、モルフォセラピーの存在を知ってもらうチャンスになればと思って、ありがたくお受けした。


そのインタビューのなかで、20年近く前に診た脳性麻痺の子供のことについて少しだけ触れた。

 

それが記事になってみると、誌面の都合上、話が省略されている部分もあった。

 

そこで今回は、その補足を兼ねて当時を振り返ってみたいと思う。



 そのころの私は患者さんのお宅を訪問して施術をおこなっていた。

 

患者さんの多くが、がんや膠原(こうげん)病などの重病患者だったこともその理由だ。


そうした重大疾患の患者さんからは交通費もいただかず、施術の代金も「治ったらいただきます」といって無料にしていた。


だが、治ったあとで感謝はしてくださっても、料金を払おうとしてくれる人は稀だった。

だから、全くの持ち出しである。

 

こう話すと奉仕活動のようで聞こえが良いかもしれない。


しかし当時の私にはそのような気持ちはなかった。

 

一切お金をもらわなかったのは、責任回避という面もある。


医師と違って、われわれ民間療法家は、施術でトラブルがあれば責任問題に発展する可能性が高い。

 

特に生死に関わるような疾患となると、さらに責任が重いのだ。

 

医師のように、治らなくても治療費だけはしっかり取ってそれで終わりというわけにはいかない。

 

それは私には感覚的に耐えられなかった。

 

かといって、重病の方からの施術依頼をむげにお断りするのも忍びない。

 

そこで考えついたのがこの無料のシステムだったのだ。


 
 そんなころ、知り合いの助産師さんから3歳の脳性麻痺の男の子(A君)を診てくれないかと頼まれた。

 

脳性麻痺の患者は私にとって初めての症例だった。

 

インドに住んでいたころ、隣家にいたフランス人青年は、交通事故による脊髄損傷で下半身が麻痺していた。

 

彼のところには、フランス人のマッサージ師が治療のために通っていた。

 

いつか回復した時に備えて、関節が固まってしまわないようにと入念なストレッチをおこなっていたのだ。

 

私も脊髄損傷による下半身麻痺の人なら診たことがあったが、脊髄の損傷部分は、椎骨同士が強力に引っ張り合うようにひどく拘縮していた。

 

私にはそれが治るなどとは到底思えなかった。



 だが脳性麻痺は、脊髄損傷とは全く違う原因の麻痺である。


相手が3歳の子供であることからも、ひょっとすると成長の過程で新たな神経回路ができるのではないかという期待もあった。

 

だから施術を引き受けることにしてみたのだ。
 

 

 現在のモルフォセラピーでは、子供への施術は積極的にはおこなっていないが、子供のほうが大人よりも治りが早い傾向はある。


しかし安全を第一に考えると、大人に対するよりも数段、慎重に施術をおこなう必要があるので、安易な施術は控えていただきたいと思っている。

 

 
 A君の話に戻ると、彼はまだ3歳にしかならないというのに、医師からは「今後も知能は発達せず、生涯しゃべることも歩くこともできるようにはなりません」という呪いのような宣告を受けていた。


ご両親としては、せめて「パパ、ママ」と呼んでもらいたいという切ない望みを抱いて模索しておられた。

 

そんな時に私を紹介されたのだ。

 


 当時の医学では、脳性麻痺は生後すぐの段階では診断がつかなかった。


そのため成長するにつれて、筋力低下や痙縮(けいしゅく)・胸郭(きょうかく)の変形などが目立ってきて初めて、診断が下されるのである。


脳性麻痺だけでなく、ポリオや先天的な疾患をもっていたり、幼少期に障害を負っていたりすると、胸郭の下部が大きく開いていることが多い。

 

 医師によると、彼の症状は言語障害並びに知的障害、両下肢の運動麻痺という診断であった。

 

また一般的には、脳性麻痺による障害は一生、治癒することはないともいわれていた。


私にしても、顔面神経麻痺などの末梢神経の疾患に対する施術では、ある程度の手応えを感じていたが、脳性麻痺のような中枢神経の問題となると、全くレベルの違う話であることはわかっていた。


しかし末梢神経を刺激することで、中枢神経に何らかの変化が起きることに期待するしかない。


そこでまずは、子供のしては骨格筋の緊張が激しかったので、その緊張をやわらげることを第一の目標にして慎重に施術を始めた。


施術といってもほとんど表皮をなでる程度であったが、それでも徐々に筋肉の緊張は解消していった。

 


 もちろん、脳性麻痺は背骨のズレが原因ではないから、モルフォセラピーの対象疾患ではない。


A君の体にも「アシンメトリ現象」らしい左右差は見られたが、がん患者ほどひどいものではなかった。


しかし、彼の何らかの機能を阻害する要因として、そこに背骨のズレが介在しているなら、その点に関しては矯正は有効だと考えられる。

 

そこに望みがあった。

 

 脊髄損傷による下半身麻痺とは違って、A君の体には異常な拘縮は見られなかった。

 

それでも精神的にちょっとした緊張が走ると、骨格筋がひどく硬直して、片脚がもう一方の脚にぶつかるように交差してしまうのだ。


A君に限らず、この症状のせいで脳性麻痺の子供は股関節脱臼だと診断されるケースが多かった。

 

そして筋肉を硬直させないように、腱(けん)を切断する手術を受けるのが当然だと考えられていたのだ。


確かにその手術を受けた子の脚を見ると、硬直がなくなって介護がしやすくなっている。

 

だが緊張して脚を強く交差した状態でレントゲンを撮れば、股関節脱臼のように写る。

 

しかし決して脱臼しているわけではないから、この手術が妥当かどうかは疑わしい。


また一旦、手術すれば、自立歩行への道が絶たれてしまう。

 

だから私としては手術はできるだけ避けたかったのだ。

 


 そうして私が施術を始めて1年も経たないころ、医師の診断に反して、A君は「パパ、ママ」と呼べるどころか、歌さえ唄えるまでになっていた。


後にはコンピューターゲームもできるほどになり、知能は他の子供と変わらないほど発達しているようだった。

 

残るは歩行機能だけである。

 

しかし医師は、成長しきる前に早く腱の切断手術を受けるべきだと再三、指導していた。

 

ご両親にとっては、むずかしい判断を迫られていたのだ。

 

 一方、私はA君にいつ奇跡が起きてもよいように、腱が固くならないための脚を動かすトレーニングもおこなっていた。

 

私の手でもってゆっくりと脚を動かしてあげるだけだが、本人はいつも大喜びだった。

 

そしてお母さんにも同じことを毎日おこなうように伝えていた。

 

自分の手で触れることで、子供の体に対しての理解がより深まると思ったからだ。

 

 そんなある時、お父さんが撮っていたビデオの映像を見せてもらった。

 

そこには歩行器に乗ったA君が映っている。

 

歩けなくても、彼はいつも歩行器の上に座っているのだが、このときは、足先が地面を軽く蹴っているのが映っていたのだ。


歩行のために、新たな神経回路が開発されていたのである!

 

 

 これなら歩けるようになるかもしれない。

 

それからは、その神経回路をさらに強化するべく、それまでのトレーニングとは別に、水泳なども取り入れてみた。


当時は、脳性麻痺の子供にダイビングまでさせることもあると聞いていたが、誤嚥(ごえん)が心配なので、しばらくして水泳はやめた。

 

 

 そうやって2年弱の間、A君への施術を続けたが、残念ながらそれ以上の目立った進歩は見られなかった。

「まだまだ時間をかけなければならない」


私が腹をくくってそう考えていたころ、ご両親は医師からはまた手術を勧められて、
心が大きく揺れ始めていた。


当然のことながら、障害というのは本人の問題であると同時に、介護する家族の問題でもある。

 

そこに私のような赤の他人が介在しては判断の邪魔になるだろう。

 

私がA君の今後の全人生に関われるわけでもないので、私は身を引くことにした。



 こうして振り返ってみると、私としてはできる限りのことをしたつもりだが、
脳性麻痺のA君に対して、私の施術が何らかの効果があったかどうかはわからない。

 

あの変化が奇跡に見えるような進歩だったとしても、単に医師の当初の判断が間違っていただけで、彼の通常の成長過程に、たまたま私が居合わせただけかもしれない。


施術とその効果については、今後しかるべき立場の人が検証してくれることに期待したい。

 


 あの頃のA君は、会話はできなくてもいつも明るい表情で私を迎えてくれた。

 

彼のように、どんな時でも笑顔で他人を受け入れることなど、私にはとてもまねはできない。

 

人間としての質の高さは、年齢とも知能の発育とも全く別の次元であることを教えていただいたと思っている。

 

A君との出会いは、私にとって貴重な経験だったのだ。

 

今はおつきあいはないが、A君とご家族が今日も幸せでいてほしいと心から願っている。

                            (花山 水清)

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