メールマガジン月刊ハナヤマ通信 347号 2015/09
前回の当誌では、統計を見る限り、がんの早期発見・早期治療は効果がないという事実をお伝えした。
なかでも肺がんは、罹患者数・死亡者数ともに増え続けており、他のがんに比べて死亡率が非常に高いがんである。
そこで今回は、肺がんについてさらに詳しく見てみたい。
先日もある新聞に、肺がんで妻を亡くしたというがんセンターの医師の手記が載っていた。
彼の妻は早期の段階でがんが見つかったが、抗がん剤治療で一旦はがんが消えた。
しかし再発して亡くなってしまった。
その亡き妻を思慕するというような内容だった。
まずこの記事を読むと、いくつか疑問が浮かんでくる。
国立がんセンターといえば、日本ではがん治療の総本山ともいえる存在だ。
そこの医師の妻なら、かなり早期の段階でがんが見つかったはずだ。
そのおかげもあって抗がん剤でいちどはがんが消えたのだろう。
では抗がん剤で消えたはずのがんが、なぜ再発したのか。
がんセンターの医師の妻なのだから、最高レベルの治療が受けられたはずなのに、なぜ助からなかったのだろう。
まずはそこから考えてみたい。
抗がん剤治療では、薬の奏効率という言葉がよく使われる。
抗がん剤の奏効率とは、投薬によってがんの面積が半分以下に縮小した状態が、一ヶ月以上続いたときに有効だと判定するそうだ。
ここで多くの人は、薬が有効なのであればそれでがんが治るものだとかんちがいしてしまう。
しかしいくら抗がん剤の奏効率が高くても、治癒率が高くなるわけではないのだ。
通常、検査で発見されるがんの大きさは、早期でもせいぜい 1cm ほどである。
だがたった 1cm のがんでも、そこには10億個ほどのがん細胞がある。
抗がん剤治療でがんが消えたとされる状態を完全寛解というが、肺がんのような固形がんが抗がん剤だけで完全寛解することはほとんどない。
たとえ完全寛解しても、がん細胞が完全にゼロになっているわけではない。
その残ったがん細胞が再び増殖し始めれば、検査上では再発したことになるのだ。
がんと抗がん剤というのは、畑に生えた雑草と除草剤の関係に似ている。
雑草を根絶やしにしようとして除草剤を撒けば、大事な作物までいっしょに枯れる。
そして時間がたつと、畑はまた雑草に覆われてしまうので畑が台無しなる。
つまり患者本人は生き残れないのだ。
当然ながら、がん治療の最大の目的は死亡率の低下である。
現在の肺がん死亡率は80%を超えているが、逆にいうと20%近くの人は助かっている計算になる。
しかし肺がん患者が、抗がん剤治療で助かることがあるのか。
私の知る限りでは、どんなに早期で見つかっても、肺がん患者が抗がん剤で助かった例はない。
上記のがんセンターの医師の妻でさえ、早期発見されても助かっていないぐらいだから、肺がんの死亡率はかなり高いといえる。
それではなぜ肺がんになるのか。
「肺がんの原因は?」ときけば、ほとんどの人がタバコのせいだと答えるだろう。
医師たちも、喫煙によって肺がんが引き起こされるのは、疑いようもない事実だといい続けてきた。
ところが日本人の喫煙率と肺がんの関係を調べてみると、また新たな事実が浮かび上がってくる。
統計を見ると、男性の喫煙率は1965年を境に急減し、女性は14%前後のままで大きな変化はない。
それなのに、肺がんの罹患率だけは急増している。
この統計数字から見れば、肺がんと喫煙率との間に因果関係は見いだせないのである。
発症までに30年のタイムラグがあるという説もあるが、今世紀に入っても依然として肺がんが増え続けている理由の説明にはならない。
また統計上では喫煙をひとくくりにしていても、昔のタバコと今のタバコとでは成分が大きく異なっている。
私がタバコを吸い始めた頃は、ハイライトという銘柄のタバコが全盛であった。
発売当時のハイライトは、もっともタールが少ないタバコだったのだ。
それが今では、そのハイライトは重いタバコの部類に入って、もっとニコチンやタールの量が極端に少ない軽いタバコが主流となっている。
それでも依存性に変わりがないのであれば、そこにはニコチンに代わる別の依存性の物質が添加されている可能性もある。
その成分が強烈な発がん物質であったなら、喫煙率だけを比較しても意味がないのだ。
では、喫煙と肺がんに相関関係がなかったとすると、肺がんが増えている理由は何なのか。
私は肺がんを含めて、胸部のがんは医療被曝が原因の一つだと考えている。
このことは以前にも書いたが、相変わらず日本は世界一の医療被曝国なのである。
日本では子どもの頃から、毎年、定期健康診断で胸部エックス線撮影を強制的に行っている。
社会人になっても、それが定年まで続く。
このような国は他にはない。
ところが胸部エックス線による被曝など、日本の医療現場では全く重要視されていない。
しかし海外では、胸部エックス線撮影1回ごとに5.4%も肺がん発生の割合が上がるというショッキングなデータまである。
しかも胸部エックス線で被曝するのは肺だけでない。
食道も被曝するし、女性ならば乳房も同時に被曝しているのである。
試しに部位別がん罹患者数を調べてみると、2008年の肺がんは男性67614人で1位、女性が29661人で4位になっている。
男女の数字に大きな開きがあることがわかる。
以前なら喫煙率の差だといわれていたが、喫煙が関係ないとなれば理由は別にある。
そこで肺がんの原因を胸部エックス線による被曝だとすると、部位は違っても肺がんと食道がんと乳がんは同じがんだと考えることができる。
そうすると女性の乳がん罹患者数59389人と、肺がん29661人と食道がん3248人を合わせると92298人となり、男性の肺がん67614人と食道がん17308人と合計した数が84922人となって、男女での罹患者数に開きが縮まる。
また乳がんは肺に転移しやすいがんでもある。
これは発見の時期が違っただけで、転移ではなく同時発生したがんの可能性もある。
そのように考えていくと、胸部エックス線による被曝と発がんとの関係はつじつまが合ってくる気がするのだ。
医学誌ランセットに載った医療被曝と発がんの因果関係についての研究によると、日本人の75歳までの発がんのうち、医療被曝が原因とされるのは3.2%だという。(『数字で見るニッポンの医療』読売新聞情医療報部)
思ったよりも少ないが、それでもこの数字は他国に比べると圧倒的に多いのである。
だが医療被曝と肺がんとの関係は、喫煙との関係ほど積極的に研究されることはない。
医療被曝による健康被害の証明は、医療の存在意義の根幹を揺るがす問題となるからだ。
さらにいえば、肺がんの早期発見・早期治療のメリットと、医療被曝による肺がんのリスクは相容れない問題でもある。
しかし単に肺がんの死亡率だけをとっても、どちらを選択するかは考えるまでもない。
本来ならば、国は国民に対して医療被曝線量を記入する「医療被曝線量手帳」を発行すべきである。
現に、薬の管理には「お薬手帳」なるものがあるのだから、何も特別なことではないだろう。
病院好きの患者があちこちドクター・ショッピングをしても、この「お薬手帳」のおかげで調剤薬局で薬を一元管理できるようになっている。
それと同じように、「医療被曝線量手帳」が普及すれば、患者本人だけでなく医療従事者の意識改革にもなる。
自ずと健康被害との因果関係もはっきりしてくるはずだ。
病院間で検査データを共有するだけで、検査の重複によるムダだけでなく、被曝量も減らせるのだから、医療費削減と発がんリスクの低下のためにも、われわれ患者の側から声を上げていきたいものである。
(花山水清)