メールマガジン月刊ハナヤマ通信 Vol.327 2014/01
前回は、高齢者がひざ痛などのちょっとした症状がきっかけで、寝たきりになる話をお伝えした。
寝たきりになると、高齢者の場合は、そのまま認知症を発症してしまう人が多い。
日本の認知症患者は、現在150万人を超えている。
150万人といえば、福岡市の人口に相当する大変な数である。
認知症には大きく分けて、脳血管型とアルツハイマー型があり、日本人の場合は脳血管型が多いといわれている。
脳血管型の認知症は、脳梗塞や脳出血などによって、脳の血管に異常が起きたことによって発症する。
以前書いたように、胸椎のズレが心房細動を引き起こしたり、頭蓋や頚椎のズレが内頚動脈や椎骨動脈が圧迫することでも、脳梗塞が発症する。
すると背骨のズレと脳梗塞を含む脳血管型の認知症との関係は、かなり密接だと考えられるのだ。
では、もう一方のアルツハイマー型認知症はどうだろう。
アルツハイマーと背骨のズレとの関係については、これまでははっきりしていなかったが、以前から気になっていることがあった。
アルツハイマー型認知症には、アセチルコリンの低下とグルタミン酸の増加という神経伝達物質の異常が見られる。
これらの神経伝達物質の異常は、背骨のズレによる「アシンメトリ現象」と、密接に関係した特徴なのである。
そうなると、背骨のズレがアルツハイマー型認知症と関係があることが想定できるのだ。
アルツハイマー型認知症については、耳にすることも多い。
身近な人がアルツハイマーだと診断された話もよく聞く。
だがその実体は、医学的にもまだよくわかっていないらしい。
そもそもアルツハイマー病とは、遺伝や生活習慣が原因となって脳細胞が減少した結果、発症する認知症である。
現在はこのアルツハイマー病を、高齢者に発症したものを「アルツハイマー型老年認知症」と呼び、若年型のものは単に「アルツハイマー病」と呼んで区別しているようだ。
しかし呼び方を分けたからといって、何か特別な治療があるわけでもない。
そのアルツハイマー型認知症に関して、昨年(2013年)アメリカのフロリダ大学で、背骨のズレとの関連を示唆する興味深い研究が行われた。
その研究とは、被験者にピーナツバターの匂いをかがせて、初期のアルツハイマー型認知症の判定をしようというものだ。
初期のアルツハイマー型認知症では、脳の左半球に嗅覚皮質の異常が起こり、右に比べて左の鼻の嗅覚が低下しているそうだ。
そのため、ピーナツバターを使って嗅覚の左右差を調べることで、アルツハイマー型認知症を初期の段階で発見できると考えているのだ。
嗅覚の左右差といえば、「アシンメトリ現象」の特徴のひとつである。
「アシンメトリ現象」では、右に比べて左半身が鈍くなるという、知覚神経の左右差が現れる。
この特徴が、アルツハイマー型認知症の特徴とよく似ているのである。
ところが、アルツハイマー型認知症の場合は、脳の嗅覚皮質の細胞の異常なのだから、不可逆性の症状であるはずだ。
一方、「アシンメトリ現象」はある程度は可逆的なものであるから、中枢機能の異常とはいえない。
そうすると、アルツハイマー型認知症の特徴とされる嗅覚の左右差は、現在考えられているような嗅覚皮質という中枢機能の異常ではなく、単に末梢機能の問題である可能性が出てくるのだ。
もちろん、アルツハイマー型認知症による嗅覚の左右差が、嗅覚皮質の異常なのかどうかを医学的に直接調べる方法はない。
従って、嗅覚の左右差が中枢の問題なのかどうかは、実際にはわかっていないわけだ。
もし仮に、脳の左半球の嗅覚皮質に異常があるとするならば、当初は末梢の問題であったものが、後に中枢の問題として発展したとも考えられる。
いずれにしろ、ピーナツバターを使った実験で、アルツハイマー型認知症の正確な判定ができるとは思えないが、今回の研究において、疾患の所在と脳神経の左右差との関連に着目した点だけは、大いに評価されるべきだろう。
実際のところ、最新の医学をもってしても、認知症の全てを脳血管型とアルツハイマー型とにはっきりと区別できるわけではない。
なかには、両者の混合型の認知症患者もいる。
しかしどちらの型であれ、認知症を発症する至った根本の原因は、脳細胞の減少にあることはまちがいない。
例えば高血圧症の治療で血圧降下剤を使用して血圧を下げると、脳内では血流不足による酸欠が起こることがある。
その酸欠によって脳細胞が減少し、認知症を発症することも知られているのだ。
同様に、頭蓋や頚椎がズレて内頚動脈や椎骨動脈が圧迫されることでも、慢性的な脳の酸欠が起こっている。
それならば、脳血管型だけでなくアルツハイマー型の認知症も、背骨のズレによる酸欠が発症の要因となる可能性は否定できないだろう。
背骨のズレというのは、ほとんどが複合的に発生しているものである。
腰椎がズレてひざに痛みが出ているときも、同時に頚椎や胸椎がズレている例は多い。
ひざが痛くて歩けなくなった高齢者が、そのまま車椅子や寝たきりの生活になると、歩けない分、全身の血流が悪くなる。
その際、頭蓋や頚椎がズレていれば、脳の酸欠がさらに助長され、認知症が発症しやすくなるのではないろうか。
私が以前住んでいたマンションの隣に、いつもにこやかで陽気な80代の女性がいた。
都会暮らしには珍しく、日頃から気楽に会話のできる人だったのだ。
ところがある時から、この女性の表情が一変した。
挨拶をしても以前のような笑顔がないばかりか、いぶかしい目つきでこちらを見るだけで、私のことが誰だかもわからないようだった。
また、普段からオシャレで身ぎれいだったのに、オヤッと思うような格好で出歩いてもいた。
これはもしかして、とは思ったが、ご家族で暮らしておられたので立ち入ったことは訊かなかった。
その後、しばらく姿を見かけないなと思っていたら、認知症で入院したことをご家族から聞かされた。
認知症を発症すると、徐々に別人格の人間になってしまうので、ある意味では人格の死ともいえる。
あんなにお元気だったのに、突然のお別れが残念でならなかった。
実は私の母も、脳梗塞の発症後に、何度かこの女性と同じ表情を見せることがあった。
今考えると、母はひざが痛くて歩けなくなった頃、頚椎がズレてひどい頭痛があったのだ。
その時はズレを矯正して頭痛も治まったが、もしズレを矯正していなければ、そのまま認知症が進んでいたのかもしれない。
逆にいえば、常に頚椎のズレを戻しておくことで、認知症が予防できるかもしれないのだ。
もちろんこれは現時点では私の仮説である。
認知症には遺伝や生活習慣などもかかわっているはずだ。
だがズレの矯正によって、ある程度は予防効果が期待できる。
認知症といえば、一般的にはクイズや算数問題などが予防になると紹介されていることがあるが、ああいうものに科学的な根拠はない。
ボケ防止だといって、指先の体操もどきが盛んに推奨されたこともあったが、後になって何の効果もないことが証明された。
要するに認知症の予防になるものなど、現在は存在しないのである。
ここでもし、家庭でできるズレの矯正がわずかでも認知症の予防になるならば、それは福音ではないか。
私はそう考えている。
認知症というのは親や介護者だけの問題ではない。
長生きすれば、いずれは自分も認知症になる。
その当事者としての認識が必要だと思うのだ。
(花山 水清)
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